2013年北アルプス山行記録−白馬岳のツクモクサとザイテングラートから涸沢岳登山

2.白馬岳のツクモグサとザイテングラートから涸沢岳登山 2013年6月22日〜6月26日
6月22日
猿倉→
白馬岳テント場
6月23日
白馬鑓ヶ岳往復
→猿倉
6月24日
上高地
→横尾山荘
6月25日
横尾山荘
→穂高岳山荘
6月26日
穂高岳山荘
→上高地
白馬岳の花
白馬尻の花
Seitengratの花
6月20日(木)


出発
 今回は6月23日の晴れの予報日に白馬岳山頂とし、23日に天気が悪ければテントで連泊と考えた。また今までは高速のSAで仮眠をした翌日には登山の行程を入れていたが、今回は高速での移動、仮眠の翌日は現地でゆっくりとするスケジュールで6月20日の出発となった。白馬岳のツクモグサが第一の目的だが、天気が良ければ6月上旬の山行では諦めた残雪の涸沢からザイテングラート経由で涸沢岳に登り奥穂方面のパノラマ写真を撮りたいとも思った。
 雨の中、夕方北九州市を出発、出発時点で山陽自動車道が福山市付近で降雨通行止めになったことは分かっていたが、通行止めが続くようだと中国自動車道に迂回すればよいのだ。
 雨は降り続く。ハイウェイラジオで中国自動車道までが通行止めになったと分かり、両自動車道分岐手前の宮島SAに入って休憩した。SAで確認すると中国自動車道の通行止めは一区間で携帯のレーダー降水情報を見るとその区間の大雨のピークは過ぎているようだったのでここで開通を待つことにした。1時間半ぐらい寝ただろうか、起きると既に中国自動車道は開通していたので出発した。

6月21日(金)


道の駅白馬
 中国道から名神高速に入り、滋賀県の黒丸PAで仮眠。中央道では恵那山トンネルの天井板撤去作業の初日で渋滞はしたが無事に通過、安曇野ICで高速を降りて、11時過ぎに小雨が降り続く大町市に到着。昼食後白馬村に向けて国道を北上、この日は国道沿いのガーデンの湯で汗を流し、道の駅白馬で車中泊。

6月22日(土)
雨時々曇り

道の駅白馬

猿倉

白馬頂上宿舎
テント場
 朝5時過ぎより行動開始。雲ってはいるが所々に青空も見えている予報どおりの天気に気分も上々だったが、6時半に猿倉の駐車場に着いたところで雨が降り始めた。雨の中傘をさして出発していく人もいたが、車中で様子を見ることにした。携帯のレーダー降水情報で見ると北アルプスの所々で弱い雨が降っているようで止むことを期待したが、雨はしとしと降り続く。止みそうに無かったのでレインウエアを着てカメラはザックに仕舞いテントを背負って出発、この時8時半を過ぎていた。

 猿倉荘で給水、登山届けを提出して雨の林道を歩くが、白馬尻の手前の林道から登山道に変わる付近で雨は止んだ。登山道に入って暫く歩くと夏道は雪渓に隠れてしまった。このころ丁度ガスが掛かり行く手が分かりにくいが、雪で囲まれた白馬尻小屋が見えた時はホッとした。無人の白馬尻小屋に着いて当方の後を5人の登山者が追ってきていたことに気づいた。彼らはさっさとアイゼンをつけてそれぞれ出発していく。自分も休憩後アイゼンを付け出発、今度は当方が5人の後を追っていくが、背中の重さの所為か引き離されていく。とすると遥か先行の5人が雪渓の中央から下り始めている。5人は山際のほうにかなり下ってからまた登り始めた。先行者が下り始めた地点まで登って分かった。雪渓が幅1m以上割れていて渡れない。クレバスだ。クレバスは山際のほうに下りながら伸びており、安全に渡れるところまで下ってから登り返した。この地点は夏の大雪渓取り付け地点より高い位置ではないのか。こんな位置でクレバスがあるとは思っても見なかった。下りも要注意だ。

 12時過ぎに葱平に到着、アイゼンをはずして昼食のパンを食べ、夏道を登るが小雪渓の取り付きまで夏道が続いていないので雪渓に降りて登ることにした。アイゼンを付けていると軽アイゼンの男性登山者二人がその雪渓をトラバース気味に登り始めていた。自分もその後を追ってはみたが、ピッケルではないストックでは危ないと判断して尾根の脇の雪渓を登った。男性登山者も自分の後を追ってきた。
 小雪渓は雪切りがしてあり雨で多少崩れてはいるが、アイゼンをつけていれば問題はない。小雪渓を過ぎて避難小屋の先は所々島のように夏道が出ているが、踏み跡は山側の雪渓の上に続いている。勾配はさほど急ではなくその跡を辿り、階段になった夏道まで雪渓上を歩いた。

 頂上宿舎まで直ぐのところに来てまた雨が降り始めた。風は強く降りかたも激しくなっていく。頂上宿舎の外来食堂でテント泊を申し込み、買ったビールだけを持ってテント場に行くと、テントは1張り張ってあったが、時折霰の混じる雨と風でテントを張れる状況ではない。戻って建物の影で雨風を避けていると食堂の女性スタッフが中へどうぞと呼び込んでくれたので、食堂に避難した。ストーブが焚かれた食堂でテント設営後に飲むつもりのビールが空いたが雨は未だ止まない。熱いコーヒーをいただきながら、今回の目的のツクモグサなどの話をしているうちに雨は止んでくれたのでテント設営に取り掛かることができた。
 テント場は窪地になっているが吹く風が強い。いつもより張り綱を強く二重に結び、フライシートも全周面で石にくくり付けた。初めてテントを設営した時以来の厳重さだと思った。テントを張り終えてまた雨が降り始めた。長辺側に前室があるテントは前室が広くここでコンロでお湯を沸かし夕食の支度をする。

 夕食後シュラフに潜り込んで横になった。時折強い風がテントを揺らす。雨が止めば張り綱に緩みが無いかを確認しようと思うも雨は降り続いた。寝返りをした時シュラフが濡れているのに気づいた。見ると風上側のテントの内面に水滴が付いている。結露だ。タオルで拭いて濡れては困るカメラなどをビニル袋の中に仕舞ったが、初めての経験だった。
 風の所為か今までのテント泊で一番寒く感じ、なかなか寝付けない。特に足先、マットレスがショートのため膝から下は10mmのウレタンマットだけなのでシュラフ内に冷気が進入しているような気がした。マットレスのない部分に冷気を遮蔽出来るのではとレインウエアのパンツを折りたたんで敷いた。時折強い風がテントを煽り続けるが、暫くして暖かくなると眠り込んだ。

6月23日(日)
晴れ時々曇り

白馬岳テント場

丸山
パノラマ写真

杓子岳
パノラマ写真

白馬鑓ヶ岳
パノラマ写真

杓子岳、白馬岳

猿倉

松川村道の駅
 2時過ぎに目覚めた。風は強いままだが雨は止んでいる。テントの外にでて張り綱やフライシート固定を確認、異常ないことが判るとまたシュラフに潜り込んだ。
 4時20分過ぎに目覚めると空は青い。慌ててカメラを持って丸山に急いだ。稜線上に出ると立山連峰剱岳に朝日があたり赤くなっている。丸山に着くと男性登山者が一人いるだけで、その時丁度白馬主稜線から太陽が出てきた。日の出のタイミングに何とか間に合った。
  
  左:朝日に染まる立山連峰、剱岳  右:白馬岳主稜線からの日の出

 
  朝日のあたる杓子岳と白馬鑓ヶ岳

 テント場に戻り朝食を食べながら、行程を考えた。ツクモグサは日が射して開くと図鑑で読んでいたので、白馬鑓ヶ岳を往復後昼前に白馬岳に登ってからテントを撤収して下山することに決めた。
 6時半にテント場を出発、振り返ってみる白馬岳と小蓮華山、このころはまだガスは掛かってなく、白馬主稜線が印象に残る景色だった。7時半に誰もいない杓子岳に到着した。山頂から杓子沢に一気に下る斜面はこの山域の非対称稜線の特徴だ。このころから白馬岳や白馬鑓ヶ岳に時折ガスが流れるようになっていたが、景色を損なうほどではなく写真が撮れた。
 
  杓子岳への登山路からの白馬岳と小蓮華山

 
  杓子岳登山路から、堂々と構えた白馬鑓ヶ岳

 杓子岳から下って白馬鑓ヶ岳を目指す。去年はガスで見えなかった白馬鑓ヶ岳は堂々と構えている。8時半過ぎに白馬鑓ヶ岳山頂に到着、ここから去年縦走した針ノ木岳までが見えた。去年はガスの中目的地が見えないまま、まさに闇雲に突っ込んでいった。あんなところまでテントを背負ってよく行ったもんだと思った。この山頂からもう一つ見たかったのが鹿島槍ケ岳の吊尾根に見えるはずの常念岳。常念岳からの望遠写真で鹿島槍ケ岳の吊尾根に白馬岳、白馬鑓ヶ岳、五竜岳が覗いているのを知って以来、逆の後立側から見てみたいと思っていた。鹿島槍ケ岳の吊尾根に確かに常念岳が見えた。
 
  白馬鑓ヶ岳山頂から鹿島槍ケ岳、針ノ木岳方面の眺め

  
  左:白馬鑓ヶ岳山頂にて鹿島槍ケ岳の吊尾根に見える常念岳
  右:稜線上で出会ったライチョウ

 
  白馬鑓ヶ岳登山路にて、左から清水岳、旭岳、白馬岳、杓子岳

 白馬鑓ヶ岳から来た道を戻り、咲き始めた高山植物を撮りながら白馬岳を目指す。
 10時過ぎに猿倉への分岐を通過、白馬岳山頂はガスがかかりもう景色はないが、ここから白馬岳までツクモグサ、ウルップソウ、オヤマノエンドウ、ハクサンイチゲなどの花が続く。目的のツクモグサ、クリーム色の花弁に見える萼片は殆どの株で閉じている。カメラを持った登山者が今年のツクモグサはピークは過ぎたようだと話してくれたが、これほどツクモグサがあるとは思っていなかった。ツクモグサは白馬岳山頂付近の限られた場所で密生している。ウルップソウも本州ではここ白馬岳と八ヶ岳にしか見られないというが、ウルップソウは白馬鑓ヶ岳の稜線にも咲いており、ツクモグサよりは広く分布しているようだ。

 12時過ぎにテント場に戻り昼食後テントを撤収して13時半より下山開始。14時前にアイゼンを装着し、登って来たときと同じ雪上を下った。避難小屋の傍を通過して小雪渓を下り、葱平の夏道には上がらずそのまま雪渓を下るが、ここが一番の急斜面でトレース上のステップに一歩ずつ足を置き慎重に下った。
  
  左:アイゼン装着点にて  右:下山途中より頂上宿舎

  
  左:避難小屋   右:小雪渓のトラバース

 葱平を過ぎると直ぐに15cmぐらいのクレパスが現れるが、それを渡ると暫くは快適な雪渓下りが続いた。
 15時過ぎに大雪渓下部の少し急な斜面まで下ったところでクレパスが現れる。この付近ではクレパスは所々で枝分かれしながら左右の山際まで続いており、前方の雪渓の状態を見極めながら下っていった。
  
  左:葱平下のクレパス   右:白馬尻近くの山際に延びるクレバス

 15時半に白馬尻小屋に到着しアイゼンをはずして小屋を後にする。小屋の下からはキヌガサソウやシラネアオイが綺麗に咲いており写真を撮りながら下るが、林道に出たところでどっと疲れがでて歩行ペースを上げられない。途中3人の登山者が追い越していくが、直ぐに見えなくなってしまう。明日天気がよければ涸沢ヒュッテまで行く予定にしていたが、小雨も降り始めたこともあり、明日の涸沢入りは体力的に無理、明日はのんびり休むぞと思いながら歩いた。猿倉荘まで帰り着いたのは16時40分を過ぎていた。

  
  左:白馬尻小屋が見え始める  右:白馬尻小屋 

 白馬村のガーデンの湯で汗を流し、大町市で夕食をとった。当初の予定では沢渡の駐車場で車中泊の予定だったが、明日の涸沢入りは無理との思いで松川村の道の駅で車中泊とした。後部座席を倒しフラットになった車中の寝床は脚を伸ばして眠ることができる。昨晩の風で煽られたテントに比べれば快適そのもので直ぐに眠り込んだ。
 
6月24日(月)
曇り時々晴れ

松川村道の駅

沢渡駐車場

上高地

横尾山荘

 朝5時に目覚めた。ワンセグ放送の天気予報で今日、明日とも晴れ時々曇りの絶好の登山日和に、少し疲れは残っているが一転涸沢に入ることに決めた。目的は残雪の涸沢からザイテングラートを登り、涸沢岳から奥穂方面のパノラマ写真を撮ること。ただザイテングラートの登りは初めてなので、負荷を軽くするためテントは担がず小屋泊として行程を考えた。急ぎ準備をすれば涸沢ヒュッテまで行けそうだが、今日は横尾山荘に泊まって、明日ザイテンを登って奥穂高岳山荘に泊まる行程が無理がない。横尾山荘17時←上高地14時←沢渡13時と、13時までに沢渡の駐車場に入ればよいと逆算できると準備や移動にも余裕が持てた。途中安曇野のスーパーで行動食用のパンを買い込み、横尾山荘に電話を入れて準備は整った。

 12時過ぎに沢渡の第2駐車場に入ると車が1台しかない。おかしいなと思って車を置いてバス停まで行ってみると新しいバスターミナルが出来ていることが分かり新しい駐車場に車を移動させた。山あいに出来た駐車場から地下道を通って立派なバスターミナルに入る。混雑期の駐車場対策だと思うが、閑散期でも第2駐車場のバス停で乗降出来るようにして欲しいものだ。13時過ぎのバスに乗り、予定通り14時前に上高地に着いた。雲が低く雨が降り出しそうで天気が崩れる気配でもあったが、山の午後は当然のことと中止は考えなかった。登山届けを提出し、レインウエアを着て出発。30Lのデイパックに行動食や10本爪アイゼンなど詰め込み、ピッケルとヘルメットはザックに括りつけてダブルストックで歩く。テント泊装備に比べれば背中は軽くて快調そのもの、途中雨は降ったが16時半に横尾山荘に着いた。

 横尾山荘では朝夕食付きで申し込んだ。あてがわれた部屋は2段ベット4セットの8人部屋、稜線の山小屋とは全くイメージが違って落ち着ける。乾燥室でウエアと靴を乾した。石鹸は使えないが風呂にも入れた。夕食は缶ビールを飲みながら美味しくいただけた。一昨日の白馬での風に煽られたテント泊を思うと小屋泊は天国の快適さだ。この日は8人部屋に4人の宿泊で静かに眠れた。
 
  横尾山荘の寝床

6月25日(火)
晴れのち曇り

横尾山荘


涸沢
パノラマ写真

穂高岳山荘
 朝3時に北穂高岳を目指すという二人組が起きて素早く片付けて部屋を出て行った。出発の準備は部屋の外でやっているようで周りの人への配慮が窺われる。小屋泊まりの作法だ。5時過ぎに起きて外にでると快晴、6時からの朝食を終えると直ぐに出発できるように準備を整えた。朝食後、6時半に出発するころには、少し雲が広がっている。次の穂高岳山荘までは余裕があるといっても山の天気がいいのは午前中であり、朝の行動に制約される小屋の朝食はやめて弁当にすべきと改めて思った。
  
  左:5時過ぎ、快晴の山荘前  右:出発6時半の山荘前

 7時15分に本谷橋に到着、6月初めに来た時は橋の下はまだ雪に覆われていたのに雪はすっかり消えている。本谷橋のかなり下で咲いていたムラサキヤシオが夏道を更に登った先で鮮やかに咲いている。6月初めにアイゼンをつけて雪渓に下った付近は雪が割れている。夏に向かって雪解けとともに季節も山を登っている。8時半過ぎに夏道から分かれて雪渓歩きとなる。少し歩くと涸沢ヒュッテが見える所まで夏道を登ってきていた。
  
  左:本谷橋   右:本谷橋から登ったところでムラサキヤシオ

  
  左:6月初め夏道からアイゼンを付け雪渓へおりた付近
  右:夏道から雪渓へ、少し登ると涸沢ヒュッテは目の先

 9時過ぎに涸沢ヒュッテに到着し、登山道の状況を聞くとザイテングラートを登ることができるとのことで、テラスに出てザイテングラートを見ると上部も殆ど雪が取れており、穂高岳山荘まで行く判断をした。
 
  涸沢ヒュッテのテラスにて、涸沢のパノラマ

  
  左:ザイテングラート上部に僅か雪が残っている
  右:6月初めのザイテングラート

 ストックをピッケルに変え涸沢ヒュッテを出て涸沢の中央に立ち、ここから真っ直ぐザイテングラートの取り付けに向かって登るか、涸沢小屋経由で登るか迷った。よく見ると涸沢小屋の横の雪渓は雪切りしてあるのが見えたので整備がされているような涸沢小屋経由に決めた。
 
  涸沢中央部にて(登山ルート表示)

 涸沢小屋のテラスで前穂北尾根のパノラマ写真を撮り、9時半に出発した。雪切りされた雪道から夏道を過ぎて次の雪面にでると、雪切りはおろか旗竿も無く自分でルートを判断していくしかない。その雪面には複数の新しいアイゼンの爪跡が残っており、難しい斜度でもないので、アイゼンを履きその跡を追うことにした。ザイテングラートの取り付きまでは一旦右に回って獅子岩の下をトラバースする夏道のイメージがあったが、アイゼンの爪跡はザイテングラート下部に真っ直ぐに向かっていた。
 
  涸沢小屋のテラスにて、前穂北尾根と涸沢

 アイゼンの跡はザイテングラートの下部からザイテングラートの左側に回り込んで小豆沢を登っていく。アイゼンの爪跡はしっかりしており見失うことはない。更に登って雪面から露出した半島状の山肌を迂回するとザイテングラートの夏道のペンキマークが見えたので、ペンキマークを目指して真っ直ぐに登っていった。
 10時半過ぎにザイテングラート取り付きに上がりアイゼンをはずした。トレースのお蔭で涸沢小屋からは最適のルートで登ってこれたと思った。このころより前穂高山頂はガスに包まれいった。
 
  ザイテングラート取り付け部にて 前穂北尾根と涸沢

 ザイテングラートの夏道を登っていく。岩の斜面に所々ツガザクラやコイワカガミなどが咲いており、写真を撮りながら登っていった。途中夏道が途切れて雪に覆われた斜面にでるなど完全な夏道とまではいかない。
  
  ザイテングラートの途中の雪の斜面、左が登り、右が登って振り返った写真

 
  ザイテングラート上部にて涸沢を振り返る。中央の黒い所が涸沢ヒュッテ

 更に登ってザイテングラート上部に達すると雪に覆われた所が多くなる。急な雪面を雪切りに沿ってトラバースするとフィックスロープが設置された雪面にでた。ロープを左手で補助的に持ち、右手でピッケルを突き刺しながら登る。ここを登りきると深い雪が大きく雪切りされている雪道を歩いて穂高岳山荘に到着した。最後の雪面は整備されているのでアイゼンをつけなくても安心して登下降が出来る、山荘の小屋番さん達に感謝です。
      
   左:ザイテングラート上部の急斜面の雪面をトラバース
   右:フィックスロープの設置された急斜面

  
  左:山荘(左奥)手前の雪切り   右:雪に囲まれた穂高岳山荘に到着
 

 12時前に穂高岳山荘に到着、山荘には女性2名を含む団体さんがいた。装備も揃っているようで山岳会の人たちだと思った。山荘で宿泊と夕食を申し込むと90周年の記念品をもらえた。90年も山と登山者を守ってくれていると思うと頭が下がる。外のガスは直ぐに取れそうにもないのでゆっくりとビールを飲み昼食にみそラーメンをいただいた。この時、一人の男性登山者が声を掛けてくれた。横尾山荘での同宿者で北穂高への予定を変更して一人で上がってきたとのことだった。結局この日の宿泊者はこの男性と団体さんだけだった。

 食後、二階の部屋で横になって休んでいたが、団体の女性の一人とはどこかで会ったような気がするのだが、気のせいなのかも分からない。暫くして1階に降りたときロビーでもう一人の女性をカメラで撮影をしていた。周りの人に聞くとNHKの放送取材だと・・・思い出した!NHKのグレートサミッツでマッターホルンとアイガーに登った女性ディレクターだ。この放送は録画して4,5回見ており、あわせて10回ぐらい見たので記憶の中に残っていたのだ。今回はNHKの夏山へGOという番組の収録で、この放送は首都圏と甲信地方の特番のため全国放送はないそうだが、残雪の涸沢から奥穂高岳をどう紹介するのか見てみたい。

 結局夕食までガスが取れることはなかった。夕食後ロビーでテレビの天気予報の後に小屋番さんのDVD上映が始った。NHKのスタッフと難しい話をしている横で見させてもらった。星空の映像では普通山影は黒くなるが、真冬の涸沢の星空では白い山の上の星空の映像が印象深かった。


6月26日(水)


穂高岳山荘

涸沢岳

穂高岳山荘

徳沢園(昼食)

上高地

沢渡

平湯

北九州
 3時過ぎに起きて山荘の玄関に出てみると、濃いガスがでている。4時過ぎに起きたがガスは取れていない。日の出は諦めてパンと昨日買っておいたジュースで朝食を取りながら携帯のレーダー降水情報を見ると、岐阜県の南側で雨が降っていた。この雨が北上してこないことを期待して涸沢岳に登った。
  
  左:山荘前にて雲の間に朝の光  右:涸沢岳登山道脇のハクサンイチゲ

 5時半に山頂に到着、ガスで何も見えない。が、去年の北穂高岳山頂のこともあり、薄手のフリースをレインウエアの下に着込んで1時間は待つつもりでいた。ガスが薄くなった一瞬穂高岳山荘の赤い屋根とNHKの取材チームが奥穂高岳へ登り始めているのが見えたが、奥穂高岳は見えない。携帯のレーダー降水情報を見ると雨域が北上してきて乗鞍あたりまで雨が降っている。諦めて小屋に下った。
  
  左:涸沢岳山頂から穂高岳山荘  右:携帯のレーダー降水情報の画像

 小屋には奥穂高岳に行った同宿者も帰っていた。レーダー降水情報の状況を話すと濡れた岩はいやらしいので直ぐに下るという。当方も雨への完全防備を整えて出発した。
 ザイテングラートの途中で小雨が降り始めたが、先行者がルートを見極めながら下っているのでその後を追う。ザイテングラート取り付きまで下って彼はアイゼンをつけずにグリセードで下り始めた。これも雪山の楽しみの一つなんだろう。当方はアイゼンをつけて下るが雪面に降りて数歩歩いたところでバランスを崩して尻餅をついてしまった。するとレインパンツをはいている所為もあるのか、滑り始めた。止まる様子がないのでピックを雪面に差し込んで停止した。シリセードをするつもりではなかったんだけれど、先行者はこちらを見て笑っているようだった。
 雪面を涸沢ヒュッテを目指して下っていった。途中、山側を振り向いた先行者が『ラークッ!』の大きな声、振り向くと大きな石が勢いよく転がり落ちていった。雪上の音のしない落石の怖さだ。以降、上方にも視線を配りながら下った。

 涸沢ヒュッテに着いて、先行者はこの先は雪渓の踏み抜きに注意とアドバイスして下っていった。休憩後、アイゼンはもう着けずに出発、雨はこの先上高地まで止むことはなかった。
 横尾から雨の林道歩きは単調で辛かったが、徳沢園の食堂で食べた野沢菜チャーハンが実に美味しく唯一救われた気分にしてくれた。
 14時上高地に到着、九州へのお土産を買い込んで沢渡行きのバスに乗り込んだ。

 今回の山行で目的の涸沢岳からのパノラマ写真は撮れなかった。今年はもう無理だと思うが、来年の遠征では天気のいい時期に涸沢岳を絡めた山行を計画したい。
 

白馬岳の花(6月23日)

ツクモグサの群落

ツクモグサ

ツクモグサとウルップソウ

ツクモグサ

ツクモグサ

ツクモグサ

シナノキンバイ

ミヤマキンバイ

ミヤマタンポポ

クモマスミレ

イワベンケイ


ウルップソウ

オヤマノエンドウ

ミヤマオダマキ

キバナシャクナゲ

ハクサンイチゲ

イワウメ

コメバツガザクラ

チシマアマナ

タカネヤハズハハコ

白馬尻から猿倉の花(6月23日)

キヌガサソウ

シラネアオイ

サンカヨウ

ニリンソウ

オオバミゾホオズキ

タニウツギ

ザイテングラートの花(6月25日)

コメバツガザクラ

アオノツガザクラ

ツガザクラ

タカネスミレ

コイワカガミ

シナノキンバイ

ショウジョウバカマ

キバナシャクナゲ






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